10/19のまちの保健室(打つか打たないか)

今や新型コロナ感染症対策は、世界共通の課題です。

 

ワクチン接種が進んでいる国もあれば、全く進んでいない国もあります。

 

「親ガチャ」というキーワードが流行っていますが、まさに「国ガチャ」だと私は感じています。

 

日本で生まれ、この国がワクチン接種を希望する人全員に対応できる策を実行してくれていることに感謝しています。

 

最近では随分と感染者数が減り、ニュースを見ていても収束に向かう気がしているのは私だけではないでしょう。

 

しかし、次の感染爆発が来ることを予測して、ほとんどの国民は3密や手洗いやマスク着用は引き続き大切だと思っていることでしょう。この思考を持てる日本国民は、素晴らしいと思います。

 

日本のコロナ対策は、海外諸国からどのように見られているかと言うと…

 

『集団主義で従順で潔癖症の日本人は、このコロナ過で多くの国の人々にとってお手本とみなされています。

「他人に配慮できる」ということは、実はとても高度な文化です。

相手のこころや、置かれた状況、自分の行動が中長期的に与える影響などを瞬時に判断し予測するという想像力がなければ無理だからです。

日本人には、そういう脂質を持った人がたくさんいます。これは他の国にはない文化資産です。』

(参考文献:世界のニュースを日本人は何も知らない2 谷本真由美著)

 

日本では政府の対応は袋叩きですが、世界の論調は日本ほど、感染者が少なく死亡者が少ないのは賞賛されています。

 

私は、もっともっと、日本国民は胸を張って世界に堂々とコロナ対策成果を発信すればよいのになぁ…などと思っています。

 

では、なぜ私の様な感情が持てないのかというと、メディアの政府への袋叩きが刷り込まれてしまっているので、自分たちの良さを見えなくしているのだと思います。

 

またどんな事象にも、ネガティブキャンペーンは付き物です。

 

コロナワクチンの打つ打たないで、日々悩まれている方も多くいらっしゃると思います。

 

そこにネガティブキャンペーン情報が入ってくると、打てば良いのか、打たない方が良いのか、正解を探したくなるのは当然のことでしょう。

 

ただし、いつでも正解がある訳ではなく、今回の新型コロナウイルスは未知な感染症ウイルスなので、自分で「納得」して行動を選択していただきたいと思います。

 

「納得」する方法のひとつの手段としてお勧めなのが、『鈍感でいる』と言うことだと私は思います。

 

「鈍感」という言葉は、“気付いていない”というネガティブなイメージがありますが、ここでの鈍感とは、気付いて分かっている上で「鈍感でいる」ことで、高度なテクニックです。

 

敏感になり過ぎると、結局は正解を求めてしまうと思いますので、苦しさから抜け出せなくなる原因のひとつになります。

 

ワクチンも打つのも良し、打たないのも良し、要するに「ワクチン」と言うキーワードに「鈍感」になれば、どっちらの選択でも良いのではないでしょか?

 

「鈍感」があなたの生き方を楽にする処方箋になることを、祈っています(^_-)-☆