4/27のまちの保健室(4月だから!)

 新年度を迎え、家族の行動パターンや職場環境の変化、異動やクラス替えなど、慣れない状況に身を置くことで、ストレスになることがあります。


 卒業式や入学式、就職や転職など、出会いや別れは意外とエネルギーを消耗するものです。また、逆に何も変わらない自分に焦ってしまう人もいるかも知れませんね。

 

 「今の自分の生活は自分が選んだ結果」と心のどこかで思うことができないと、それが精神的なストレスの元になります。


 ストレスの元は、「~のせい」「~だから」「~がいけない」などと、誰かや何かの‘せい’にしていることに対する不満な心が、ストレスを生み出すのです。


 世の中がいけない、仕組みができていない、理解されていない…、などなど、‘せい’にする人は、その理由付けを考える天才でもあります。不満をたくさん持っている人は、その不満を吐き出す場や聴いてもらえる人や場がないのではないかと思います。

 

この不満は、どこからくるのかな…
この憤りの元は、なんなのかな…
このイライラする感情は、いつのころからだったかな…


 このように、3回ぐらい気持ちを掘り下げてみると、一番最初に気づくのは、「あっ、私の気持ちをわかってもらいたい、理解してもらいたい」と言うのが不満の出発点だと言うことが、カウンセリングをしていると良くあります。


 不満の理由付けを考える天才になってしまっているので、本来の不満原因が違うもの、‘せい’になってしまっていると言うことです。そして、‘せい’によって、自分を守っている、厳しい表現をするならば、正当化しているのです。

 

 これがいけないこと、悪いことだということではなく、人身共に疲れてしまう原因、要因だということです。

 

 吐き出すの「吐」と言う字は、口からはプラス(+)のものも、マイナス(-)のものも出てくると言う字で構成されています。この「吐」からマイナス(-)を取り除くと「叶」(かなう)と言う字になります。吐き出すことで、想いが叶うようになる、そのためにも、マイナスのことを吐き出すことが、とても必要なのかも知れません。


 そのマイナス、どこで吐き出しますか?


 もう、おわかりですね。


 そうです、「まちの保健室」ですね。

 

 心のどこかで「今の自分の生活は自分が選んだ結果」だと思えるようになるには、学びが必要になってきます。「まちの保健室」は、学び場でもあります。


 それでも、この時期のイライラや不満を何かの‘せい’にしたいのなら、「4月だから!」と思えるといいですね。


 この楽観さを持てれば、「自分が選んだ結果」を受け入れる近道にもなると思います。

 

 みなさん、きちんと日常と向き合い、自分自身に素直な気持ちでガンバられていることを強く感じ、「涙を流した分だけ、幸せが近寄ってくるものだなぁ…」と思った、本日のまちの保健室でした。

 次回は5月10日(水)10時です。GW明けですね、お待ちしております。

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4/12のまちの保健室(どうして自然体でいられないのか)

 みなさん、生まれた時の記憶など覚えてないと思いますが、きっと生まれて2~3年は「自然体」だったのだと思います。

 

 辞書で「自然体」を引くと、 【気負いのない、自然な態度】(デジタル大辞泉)と出ています。
無理やガンバルということをしない人、何でも受け入れられる人、そしてストレスが無い人…「自然体な人」とはこのようなイメージですよね。

 

 自然体でいれるコツは、何でもOK!、そして答えを見つけようとしない!とりあえずでも良いから受け入れてみる!と言うと、どこかで聞いたフレーズではないでしょうか?


 まちの保健室の環境の中で過ごす時間を身体で覚えると、他の場所でもその効果を発揮することがあります。


 「話しかけやすそうな雰囲気」の人は、他者から見たら「自然体」に見えるのだと思います。同一人物が、職場スタッフというポジションの場合と、手伝いに来てくれている人という場合だと、後者の方が気が楽な感情を持つことができるという心理は、きっとその人物に対する自分が自然体でいれるからなのではないかと思います。この二つの例は、本日のまちの保健室で出た例です。


 「自然体でいる」というのは、きっと自分にとって善い事を引き寄せてくれるのかも知れません。

自然体な人と一緒にいること、ラクな気持ちや気分になりますよね?だから自分も自然体になれるのだと思います。


 イライラ・ピリピリ・ネガティブ・せっかちなどの人と一緒にいると、それが伝染することと同じで、自然体も伝染するのだと思います。

 

 では、どうして自然体でいることが難しいのか考えてみました。


 それは、世間や人の中で、自らを生きているからではないでしょうか?

 

 自然とは、「自ずから然り」と書きます。自分を覆っている見栄やしがらみ、過去に経験したイメージや他者からの押し付けられた習慣を自分自身で脱ぎ去り、多様な能力と可能性に自ら気づき、その自分を受け入れることです。

 

 これが、簡単にできたら苦労はしませんよね。人生、修行です。この修行に必要な情報や体験談、またちょっとしたヒントなどが「まちの保健室」にはあるのだと思います。

 

 まちの保健室では、みなさん自然体だと思います。

 

 だから、大丈夫です。


 身体で覚えたことは、忘れません。


 どんどんと上書きして、自然体になりやすい体質を作りましょう!

 

 次回は、4月27日(木)10時からです。お待ちしてます(^^)/

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3/22のまちの保健室(美千と吉/由緒ある姫君たちへ)

 未知(ミチ)な世界は「なんだか不安」かも知れませんが、それが既知(キチ)な世界になると「あたりまえ」になってしまうものです。


 スマホ操作は私にはムリ!という思い込みをつくることで、スマホ世界を未知にしてしまいます。スマホ世界が既知になると、ラインも出来るしブログも読めるなど、今までより世界が広がり、いつしかスマホ操作が苦にならなくなります。そうです、限界(枠組み)を作っているのは環境ではなく、自分自身なのです。

 

 人は、未知だったことを思い出すことは、あまり無いと思います。既に「あたりまえ」になっているからです。


 「あたりまえ」(有って当然)の反対語は「ありがとう」(有ることが難しい)です。だから私は、未知の時の気持ちは不安(難)もたくさん有るけど、これから知ることで、喜びをもたらす現象と捉えることにしています。


 人生には、たくさんの未知と遭遇します。そのような時は、「ありがとう」という感謝の気持ちを持つことで、その未知が既知になり喜びを運んできてくれるものだと信じています。

 

 来月、未知の世界を不安な気持ちでいっぱいなまま、人生時間を過ごすまちの保健室のお仲間が数名いらっしゃいます。まちの保健室の参加者は、みなさん心が温かい方ばかりです。たくさんの応援コメントが集まっていました。私は、「究極のゴールというのは、たどりつくためにあるのではなく 前進しつづけるためにある!」と応援コメントを書きました。まちの保健室にご参加いただけるみなさんは、本当に前進しつづけていらっしゃいます。素晴らしいことです。

 

 世阿弥(ぜあみ)が書いた『花鏡(かきょう)』という伝書に「初心忘るべからず」という言葉を書き残しています。「初心」とは、未知への「不安」と「期待」、そして前へ進もうとする「覚悟」と「決意」のすべてなのかも知れません。出逢ったころの恋心、内定をもらった時の喜び、学ぼうと思った切っ掛け、など常に初心という宝物があるんですね。その宝物が「あたりまえ」になると初心のことをつい忘れて、暴言を吐いてしまったり、人のせいにしたり、かんしゃくを起こしてしまうものです。

 

 「今日を以て、ノーベル賞は過去のモノです。また研究者として初心を忘れず、精進していきます」
これは、京都大学でIPS細胞の研究をされているノーベル賞受賞者山中教授の言葉です。人生において、成幸者と皆から思われる方は、きっと「初心」を大切にしているのだろうと思います。


 「まちの保健室」をスタートした時は未知でした。そして‘初心’を、改めて思い出させてもらえた今日のまちの保健室でした。みなさん、本当にありがとうございます。感謝です!

 

 このブログを通して、みなさんを代表しての未知へ向かうお仲間へのメッセージです。

いってらっしゃい。
「応援しています!」

そして、みなさんが待っている「まちの保健室」に帰ってきてくださいね♪

 

次回は、4月12日(水)10時です。お待ちしております!

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3/8(水)のまちの保健室(国家秘密のティッシュペーパー)

 相手に自分の考えを聞いてもらい、きちんと解ってもらいたいのは、人間誰しも思うものです。この「聞いてもらいたい」と「解ってもらいたい」は、微妙なニュアンスの違いがあると思います。

 

 「解ってもらいたい」の感情の背景には、こんなに頑張っているのに…と、認めてもらいたい気持ちと、理解してもらいたいという期待がセットになっています。「聞いてもらいたい」の感情は、結果報告をしたいだけなので、その報告に対する余計な評価・評論はいらないのです。

 

 仕事から帰宅して、夕食メニューに頭を悩ませながらも毎晩家族の健康と幸せのために心を込めて作る料理に、品数が多い少ない、彩が良くないなど、子どもに文句を言われながらも母親業をしてきたある日、「仕事から帰って食事の支度をするのって大変!お母さんってすごいね!」と成長した子どもが言ってくれたそうです。


 ときに私たちは日常の何気ない会話で、相手の気持ちを汲まずに言葉を発して相手の心を傷つけている場合があります。相手の立場になってみると、違う世界や感情を知ることができ、それを気づきと言います。


 当たり前のように用意される毎晩の夕食は、「あたりまえ」ではないことを、このお子さんは気づいたのです。この気づきの蓄積が、精神的な心の成長に繋がります。


 しかしながら、この気づきというものは、大概の場合、つまずいた時にしか出逢わせてくれないのです。ちょっと、嫌ですよね。でもこう捉えたらどうでしょうか?


 今、少し苦しいな…、この先がちょっと不安だな…、なんで私ばかりこうなるんだ…、などの状況になったらチャンスではないですか!!! そう、気づきと出逢わせてくれる予兆と考えると、少しは前向きになれそうではないでしょうか?

 

 今日は、「国家秘密のティッシュペーパー」という、とても素敵なストーリー「相手の心を汲んで受け入れることで解決に導く」というお話がありました。このお話しから私は、人はお互いに受け入れ合うことで、すべての物事が前に進むことを感じました。


 「解ってもらいたい」「聞いてもらいたい」という利己的な感情を無くし(抑え)、全て受け入れてみる、受け止めてみることで、解決に繋がるということです。


 そうです、まちの保健室の3つのルールの3番目と一緒です。


 なるほど、だからまちの保健室に参加するみなさんは、成長するのですね! さて、「国家秘密のティッシュペーパー」という題目で、どのようなストーリーだったか気になる方は、ぜひ、まちの保健室にいらしてくださいね。心が洗われますよ~(^^)/

 

 次回のまちの保健室は3月22日(水)、10時からです。お気軽に足をお運びください、お待ちしてますね!

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2/21(火)のまちの保健室(しんゆう)

 「親友」を辞書で引くと…『互いに信頼し合っている友達。きわめて仲のよい友達』(大辞林第三版)と解説されていました。みなさんには、「親友」は、どのくらいいらっしゃいますか?少し思い浮かべてみてください。

 

 例えば、ママ友だったり、仕事仲間だったり、学生時代だったり、趣味の仲間だったり・・・自分が親友だと思っていた人に、ある日突然、理由もわからずに急に距離をおかれたら、みなさんはどのような気持ちになるか想像してみてください。

 

 私は、どうしてかな?何かあったのかな?嫌われる理由がわからないから、少しストレスな日々を送るかな…などと思うことでしょう。

 

 人が一生のうちに出会う人の数は、人生80年として、
 何らかの接点を持つ人 30,000人
 同じ学校や職場、近所の人  3,000人
 親しく会話を持つ人 300人
 友人と呼べる人 30人
 親友と呼べる人 3人
だという説があります。

 

私は親友と呼べる親友(?)、3人もいるかな…(笑)

 

 この説から、現在の世界人口73億人を考えると、人と出会う確立は本当に奇跡な数字に見えてきます。ほとんどのこの地球上で生活している人と出会わず、一生を終えるということですからね。


 「一生に一度の貴重な出会い」を表す有名なことわざに「一期一会」があります。千利休の「あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのものです。だから、この一瞬を大切に思い、今出来る最高のおもてなしをしましょう」という茶道の心得を表し、「もう二度と出会えないかもしれない」という思いを持って人に接することを説いた言葉です。


 これを日々実践していたら、私はちょっと疲れてしまいますが、‘教え’としての知識を持つことは大切なことだと思います。


 一方で「あの人と出会わなければよかった」と思う方も時には出現することがありますよね。こんな時は、自分とは違った価値観や考え方を知るだけでも、後で振り返るとそれが自分の学びや糧になっていることもきっとあるはずです。だから無駄な出会いなんて一つもないのだと思います。


 マリリン・モンロー(Marilyn Monroe)は“I believe that everything happens for a reason”(全ての出来事には意味がある)という言葉を残しましたが、人も同じで、出会う人全てに意味がある、“Everyone happens for a reason”なのだと思います。

 

 奇跡のように巡り合っているからこそ、良いも悪いも一つ一つの出会いに感謝して、大切にしていきたいですね。

 

 さて、私が親友と思っていた人から突然交流を絶たれたときの自分の心を安定させるには、あの人はあの人、私は私、きっとこれには何か先方に訳があるのだろうが、私には関係ないことだと、切り替えができる自信があります。


 心理学用語で「離別感」といいますが、「相手には相手の事情がある。 相手は私の思いどおりになる存在ではない」という大人の心理状態のことです。対となる言葉に、子どもの母親に対する特有の依存心(甘え)のことを表す「母子一体感」があります。

 

 「親友」と思っていても、相手に対する距離感が自分も相手も同じという思い込みが強ければ強いほど、突然の交流が切れるとショックも大きくなると思います。そんな時は、「しんゆう」の格付けを「親友」から「辛友」にしてみるのはいかがでしょうか?

 

 出会いの新友から始まり、親友となり、信頼できる信友、そして真実をわかち合える真友、深い話ができる深友、同心の心をもつ心友など、「しんゆう」の格付けを作って、それぞれの距離感でコミュニケーションを取ることも良いですね。


 最近のはやりで、「神友」なんていう存在を持つことも、楽しいですね。親しさの度合いも質も様々なのだから『しんゆう』という同じ言葉でひとくくりにしなくてもよいでしょう。そうすれば、「しんゆう」はどのくらいいらっしゃいますか?の質問に、意外とたくさんの「しんゆう」が出てくるのではないでしょうか?私も、「しんゆう」の漢字の数だけ、「しんゆう」を挙げられそうです。

 

次回は、3月8日(水)10時、お待ちしておりますね。

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2/8(水)のまちの保健室(言葉の力)

 言葉には、人生を変える力があると思います。言葉が、人間の世界にどのように登場してきたかの一つの有力な説は、仲間どうしの絆を確認する「毛づくろい」が進化してきたというもので、お互いに毛づくろいする代わりに、会話を交わすことで、絆を確認するという説です。

 

 ありがとう。
 ごめんなさい。
これらは、まさに絆を確認する言葉ですね。

 

 日常生活の中で、コミュニケーションを欠かすことはできません。元気になる言葉掛けをもらえば良い気分になりますし、嬉しくない言葉を受けた場合は、気持ちが沈んでしまいます。言葉掛けひとつで、感情の変化を生み出します。

 

 また、私たち人間の脳がとても優れているからこそ起こる言葉掛けによる身体への影響もあります。

 

 例えば、いつも同じ時間に夫や妻や兄弟、会社の上司や同僚などに、「今日の胃の調子は大丈夫ですか?」と心配そうに聞かれる毎日があったとしましょう。初めのうちは、「はい、大丈夫です!」と答えられますが、これがずっと続くと、脳は、自分の胃の具合と掛けられる言葉のギャップを埋めようとして、胃の調子が悪い身体を作ろうと頑張ってしまいます。そして、いつしか本当に胃の調子が悪くなってしまいます。


 これは極端な例ですが、何気なく使っている言葉が、あなたの周りにいる子どもやパートナーを 呪いにかけているかも知れません。


 保育園に子どもを迎えに行って、「今日もおりこうにしてた?」という言葉掛け。子どもは親の喜ぶ顔が見たいので、「うん、してたよ!」の選択肢しかありません。いつしか、親の顔色を伺うことがその子どものパーソナリティの礎になってしまいます。


 「今日も楽しんだ?」と掛けた言葉に子どもはきっと、色々な感情や思いを伝えるたくさんの選択肢を想像することができることでしょう。


 今日のまちの保健室で出てきた言葉掛け例の中に、「妊娠と病気には気をつけてね!」がありました。これは、母親から子どもへの愛のある言葉掛けだと思います。そしてその言葉掛けは、「あなたのことを信じているからね!信用しているからね!」というメッセージが隠れているのではないかと思います。


 「これでいいんだ!」という自分自身への言葉掛け例もありました。同じような言葉をバカボンのパパも言ってましたね。「これでいいのだ!」と。

 

 言葉の力を、他人や自分を元気にする方向に使いたいものですね。

 

 次回のまちの保健室は、2月21日(火)10時からです。お待ちしていますね!

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1/25(水)のまちの保健室(等身大)

 いきなりですが…、とても好きな人がいると仮定した場合、あなたはどちらのタイプですか?

 

 好きな人の前だからこそ見せる「背伸び」している自分、もうひとつは、好きな人の前だからこそ見せる「等身大」の自分。

 

 「等身大」と聞くと心地よく、楽に過ごせるイメージがありますが、ほとんどの方は、前者の方ではないでしょうか?好きな人に嫌われたくないですから、そして、好きな人に自分を好きになってもらいから、少しガンバっちゃう自分を演じますよね。これが「恋」というものだと思います。

 

 今日のまちの保健室のお話に、「好きな人の前だからこそ見せる等身大の自分」の例が出ました。
家族や友人には見せることができない自分の等身大を、好きになった人には等身大で接することができるということです。きっと好きになった人との時間が、自分の「居場所」になったのだと思います。
その「居場所」を見つけるまでには、たくさんの辛い思いがあったことでしょう。きっと良い子でいようとする気持ちから解放され、全てを受け止めてくれる「居場所」が「楽」という感覚を感じることができたのでしょう。

 

 みなさんも、日常生活の中で「等身大」で生活しているようで、けっこうマントや鎧、仮面を付けてTPO(時<time>、場所<place>、場合<occasion>)に合わせて、「背伸び」していることが多いのではないでしょうか?

 

 「等身大」という意味を辞書で調べると、このように意味付けされています。
 誇張も虚飾もない、ありのままの姿(デジタル大辞泉)
 飾ったり、おとしめたりしていない、ありのままの姿(三省堂大辞林)

 

 偶然にも、「ありのままの姿」というキーワードが入っていました。みなさんの「ありのままの姿」は、どのような定義ですか?これは、ひとそれぞれだと思いますが、例えば湯船にゆっくりと浸かっているときだったり、トイレに入っているときだったり、好きな読書をしているときだったり、お気に入りのゲームに集中しているときだったり、、、、。


 もしかしたら、「ありのままの姿」と言うのは、「ひとり」でいるときにしか表現できないものなのかも知れません。

 

 では、どうして「好きな人の前だからこそ見せる等身大の自分」という例が出たのでしょう。これは、自覚できない無意識の「思い込み」が原因だと思います。「本音を出してはいけない」という思い込みが日常生活のなかで多々あったのだと思います。

 

 「本音」を出せるところが、家庭や職場、交友関係などにあれば、日々のストレスを発散できると思いますが、実はこれらは全て対人が必要となるコミュニケーションが発生する場所でもあります。本音を伝えたらあれこれ指示されたり、説教されたり、命令されたりと、結局は「言わなければ良かった…」と後悔の気持ちが生まれることもあります。ですから、日常生活において「本音」を言える場所は、なかなか無いのかも知れません。

 

 「これでいいんだ!」
 「心に余裕が欲しいな…」
 「気持ちが逃げたくなっているなぁ…」
 「強くなったなぁ~、成長したなぁ~」
 「本当は、仮病だったんだよ」
これは、今日のまちの保健室で出てきた「本音」です。

 

 こんな本音を気軽に出せる「ありのままの姿」で居られる場所として、どうぞ、これからも「まちの保健室」をご利用ください。

 

 「思い込み」から解放する方法として、無理していることを‘やめる’ことをお勧めします。そして‘やめる’ことを選択した自分を、自分自身できちんと許してあげることです。なかなかひとりで‘やめる’選択をするのが難しいときにも、「まちの保健室」にいらしてください。あなたを応援してくれるたくさんの仲間がいますよ。「まちの保健室」に来れば、そう、「あなた」は、ひとりでないから、大丈夫!

 

次回は、2月8日(水)10時です。お待ちしております。

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1/13(金)のまちの保健室(変化と適応)

 「イカレポンチ」とは、普通の人間と大きく異なる性質を持っている人のことと、WEBの辞書に出ていました。

 

 何となく懐かしい表現でもあり、最近はあまり使われなくなった響きでもありますね。この「イカレポンチ」という言葉を自分の意識変換に呪文のように活用する話題で盛り上がった本年度初めのまちの保健室でした。

 

 2017年も計24回の開催ができるように、そして、みなさまの人生の宿題のヒントを発見できる場所になれるようにしたいと思っております。集い、学び、繋ぐの基本理念をベースに、そして新しいご縁も楽しみにしたいと思っております。

 

 さて、生活している中で様々な悩みやマサカという出来事、そして不幸と感じる状況になることは、誰でも起こる可能性があります。これらを、「人生の壁」という表現をしてみましょう。この人生の壁にはどう立ち向かうのか、みなさんの悩むところだと思いますが、「強くなろう」という発想は捨ててください。そして「立派になろう」という発想も捨ててください。

 

 強い者、頭の良い者が生き残るのではない。変化するものが生き残るのだ。
これは、ダーウィンが残したという言葉です。

 

 「人生の壁」を乗り越えるには、「増強と拡大」ではありません。


 「変化と適応」です。これが人生の壁を乗り越えるコツなのです。


 この考えは、企業の存続や繁栄にも通じるところがあります。写真フィルムのコダック(2012年に倒産)と富士フイルムが良い例かも知れません。コダックは写真フィルムが自社の強みという考えから抜け出せませんでした。一方、富士フィルムは新規参入事業を立ち上げアンチエイジング化粧品(アスタリフト)を開発しました。富士フィルムの変化が、企業の存続を作り出しました。

 

 「人生の壁」で苦しんでいる人の多くは、答えを見つけようとしたり、原因を追求しようとしたりしがちです。そして、答えや正解が出てこないと増々「人生の壁」が増強と拡大していくのです。

 

 「人生の壁」を受け入れて、自分自身が持っている価値観やプライドや正解主義を手放す選択ができれば、やがて「壁」に適応できるように色々な変化が訪れてきます。


 しかしながら人は、「変化」を恐れる傾向があります。変化がストレスになるのは、脳が「いつも同じ」を望むからです。脳が新しい情報を嫌うので、私たちは自分の考えと同じ仲間を探したり、グループをつくったりします。

 

 「イカレポンチ」という言葉が、「変化と適応」を思い出す呪文になると、みなさんの悩みにもヒントが見つかるかも知れませんね!だって、「普通の人間と大きく異なる性質を持っている」という意味と言うことは、自分にはない考えを持っている可能性があるのだから、変化する切っ掛けになること間違いなしですよ~。

 

 次回は、1/25(水)10時からです。お待ちしていますね(*^_^*)

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12/20(火)のまちの保健室

 ドラマの主人公は、なんだかんだ前に進んでいきます。ドラマには、シナリオがあります。ドラマはシナリオに沿って、物語が進んでいきます。

 

 この世に生を受けたあなたは、なんだかんだ前に進んでいきます。あなたの人生には、シナリオがあるのかも知れませんが、知らさせていません。あなたの人生は、あなたの選択によって、物語が進んでいきます。

 

 ドラマには、結末が用意されています。ある程度、ドキドキしながらも、安心して見る事ができます。

 

 あなたの人生にも、結末が用意されていますが、どのような結末かは知らされていません。だから、いつもドキドキを味わいながら、不安になったり、喜んだり、泣いたり、楽しかったり色々です。

 

 みなさんは、結末が良いか悪いかは別として、シナリオのある人生を歩んでみたいですか?それとも、自分で選択しながら、どんどんとシナリオを書き換えていく人生を歩んでみたいですか?

 

 「まちの保健室」に来られるお仲間は、きっと後者ではないかと思います。


 そもそも、シナリオに「まちの保健室に行く」が無かったら、来れないわけですからね。

 

 「まちの保健室」に行く選択ができることが、もしかするとみなさんの小さな幸せを作っているのかも知れません。「まちの保健室」が、お互いの元気やエネルギーを交換し合い、心の充電やリフレッシュをすることで、みなさんの「激動の一年」のシナリオをどんどん更新するお手伝いが出来たならば、嬉しく思います。

 

本年も、無事に24回の開催をすることができました。
本当に、ありがとうございました。

 

良い年をお迎えください!

 

年始は、2017年1月13日(金)10時です。

来年も、一緒に人生シナリオを書き換えていきましょう~!

 

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12/7(水)のまちの保健室

 本日のまちの保健室も、とても勉強になる話題が盛りだくさんでした。そして、それぞれの宿題は違うけれど、共通項が出てきたりします。


 今日は、「驚くほど相手が話してくれるコミュニケーション術」というお話しです。あまり親しくない方、例えばショップ店員とかSNSで知りった出会いなどの人とのコミュニケーションを自分のペースでスムーズに進めることができるようにする技が、実は本日の話題のひとつに重複して出てきました。

 

 ほとんどの人は、知らない相手の事を知ろうとするとき、あたりさわりのない食べ物や趣味の話題から入ることが多いと思います。これは当然の流れだと思いますが、そのコミュニケーションは、「どんな食べ物が好きですか?」「インドア派?それともアウトドア派?」「休みは何してることが多いの?」と、このような感じではないでしょうか?一見なんでもないような会話に見えますが、すべに「?」が付いています。心当たりのある人も多いのではないでしょうか?そうです、質問攻めなんです。ここに落とし穴があります。

 

 質問されている相手はどのような心理状況になるかというと、「会話」をしているのではなく「尋問」を受けている状況です。では、どうすれば相手の話を引き出せるかというと、自分から「自己開示」をすることです。


 自己開示とは、自分自身に関する情報を、何の意図もなく、言語を介してありのままに伝えることです。例えば、「私は3人兄弟の長男なんです。」「そうなんですね、私は一人っ子なんです。」や、
「仕事でムカつく上司がいて、全ての態度が許せないだよね。」「え~、うちの会社にも使えない上司たくさんいますよ!」など、相手から、同じレベルの自己開示が返ってきます。「ここまでさらけ出してくれたのだから、私も」という心理が働き、これを自己開示の返報性と言います。それが共通言語となって、より深い会話に発展していきます。


 相手の心を開かせるには、この自己開示の返報性を活用すれば良いのです。

 

 ここで、ひとつ注意点があります。相手が自分の話を返してくるときには、「聴く」ことができていないとうまくいきません。しっかりと聴いてくれている姿勢が、二人の距離感を縮め信頼へと変わっていきます。


 自己開示は、プライドや世間体、自分の持っている信念などが邪魔をして、そう簡単には出来ないかも知れません。


 勘違いして欲しくないのは、「自己開示」=「トラブルやトラウマやタブー」を解放することではありません。そう思い込んでしまう人ほど、「自己開示したのに引かれた…」と、自己開示の‘せい’にしてる場合があります。初対面だったり、その相手との関係性で、軽い自己開示から深い自己開示まで、幅を持たせることも大切です。

 

 今日のお話しの中で、物事がうまく進んでいたコミュニケーションの例に、「自己開示の返報性」が共通していました。「返報性」にいは、‘好意’‘譲歩’‘感謝’などもあります。まちの保健室にご参加している皆さまは、もう、おわかりですね!与えたことに関しては、きちんと戻ってくるということです。

 

 それから、今日は「絵本にしたいなぁ~」と思うお話もありました。心が洗われ、自分を見つめ直すことができるストーリーです。とても素敵なお話しで、いつの日か可視化したいと強く思った今日のまちの保健室でした。

 

 さて、次回は2016年最後です。12/20(火)10時からです。一人でも多くの年末のあいさつができればと思っています。お待ちしてますね!

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11/15のまちの保健室

 「過去」と「未来」は、みなさんの頭の中で想像している世界です。

 

 過去とは、過ぎ去ってしまった変えることのできない出来事ではありません。その人の記憶の中にある、起こった出来事に対する現在の解釈に過ぎません。ですから、現在の自分の心によって、過去はいくらでも書き換えることが可能です。

 

 旅行などに行くと「思い出」として写真を撮ります。数年後、写真を眺めて過去だと思っても「過去が写った写真を見ているあなた」が今で、過去ではないのです。


過去とは、観念の世界。


頭の中だけで、あると思っている想像の世界。

 

未来も同じです。
未来をいくら思い描いても「未来を考えている今」であって、未来ではないのです。明日の朝のことを考えているのは今で、明日の朝目が覚めれば、それが今なのです。

 

ということは、現実は、常に今しかないということです。


私たちは常に、今だけを生きているのです。

 

 「現在の状況がわかっていたならば、数年前にあんなに慌てたり悩まなくても良かったな~」という話がありました。今となっては、数年前のとても大変だった時期のことを、このように書き換えられたことは、壁を乗り越えた証だと思います。きっと初めに思い描いていたその時の未来の結果ではないとしても、現在の状況にOKを出すことができるようになった心の成長が、その言葉に含まれていたと思います。素晴らしいことです。

 

そうは言っても、実際に問題や悩みに遭遇した時は、不安な気持ちでいっぱいいっぱいになってしまうことでしょう。そうなると、あの時、こうしておけば良かったかもと過去に囚われ、また、この先々の将来のことが心配になり「心ここに有らず」状態になってしまう方が多いかと思います。

 

でもご安心ください。
みなさんには、「まちの保健室」があるではないですか!

 

今日は、ご自宅に10億円もの宝があることも新たに気づかれて、嬉し涙を流されたお仲間もいらっしゃいました。

 

年末ジャンボを買わなくても10億円をゲットする方法をお伝えした今日のまちの保健室でした。

 

次回は、12月7日(水)10時スタートです。

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11/2(水)のまちの保健室

 「自分を受け入れることが出来たら、とても楽に生きられるようになった」
 今日のまちの保健室で出た話の中のひとつです。「私はここに居ていいんだ」「気にし過ぎてたのかも」「悪気がある訳ではないんだ」
こう思えるようになったら、気が楽になった…、と言うお話しです。

 

「自己を肯定(認める)する感覚」のことを、自己肯定感と言います。自己肯定感の高い人は、「自分は素晴らしい存在だ」とか「自分には価値がある」と感じる心のベースがある人です。

 

 生きて行くには、「自分はこの世に存在していてOKなんだ」という感覚がまず最初に無いと、人の目を気にしたり、自分を出すことが苦手になり、次第に「この世にいなくていい存在」「いちゃいけない存在」「ダメな人間だ」と自分で自分を攻撃し責めて、どんなことにも自信を持つことができず、いつも不安な気持ちで生活を送ることになります。そのような方々の多くは、素の自分を出すことができないので、プライドや正義という仮面やマントを常備することで、自分自身との心のバランスを保とうとします。こうした状態で頑張って生きていくことが出来たとしても、生き辛さを抱えながらの人生を過ごすことになります。自己肯定感をきちんと持っているかいないかで、行動や言動、考え方や捉え方が違ってきて、生き方や人生も変わってくるのです。

 

 先月の企業研修、研修が終わり懇親会での出来事です。ノートの取り方もきれいで、イラストを描くことが得意という新卒の女性社員がいました。きっと、普段からきちんとされていて、職場でもみなさんそのことに気づかれていたのだと思います。研修も終わり、懇親会という交流を深める時間だったこともあり、「才能があるよ~」「スゴイと思ってたよ~」「そうそう、とてもまとめ方が上手だと思ってたんだよ~」などなど、一斉に、その女性社員の大絶賛大会となったのです。


 次の瞬間、その女性社員はカバンからハンカチを取り出し涙を流し始めたのです。


 私は、すぐに気づきました。そして、こう話しかけました。「○○さん、嬉しいですよね!」


 女性社員は、言葉にならず、涙を流しながら、ただただ頷くばかりでした。

 

 そうなのです。この女性社員は、褒められることに慣れていなかったのです。言い換えれば、自己肯定感をあまり持っていなかったのです。「こんなノートの取り方でOKなの?」「こんなイラストでOKなの?」「こんな私でOKなの?」


「認められること」「認められたこと」の嬉しさにカラダに反応して、ネガティブな感情が、涙と一緒に浄化されました。そして、仮面やマントも少しづつ外していけるきっかけになりました。「ありのままの自分」で居られるきっかけです。良い子でいなければならない…、これが、彼女を苦しめていたのです。

 

 ここの企業様の社員研修は、5ヶ月という期間で行っているので、人の成長が見えてきます。単発の講演研修も良いですが、やはり継続して心を育む研修は、最終的に企業の利益にも繋がってきますので、私もやりがいを感じて望んでいます。このような社員教育にかかる教育予算は、経営資源の「ヒト」への先行投資という考えだと私は企業様にお話ししています。

 

 自分への先行投資、それは「まちの保健室」に足を運ぶことなのかも知れません。自分という幹(資源)を「ありのままの自分」でいられるようになるきっかけになれば、この女性社員のように、成長する速度が加速していくかも知れません。

 

 「ネバネバしたもの」はカラダに良いと聞きますが、「ネバならない」はカラダに心に良くないのでよ~。

 

 自分を受け入れることは、かんたんにできることではないと思います。ひとりでしようとは思わず、「まちの保健室」に参加されるみなさんと一緒に少しづつで良いから、継続してプラスのシャワーを浴びにきて下さい。

 

 次回は、11月15日(火)10時スタートです。お待ちしてますね~♪

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10/19(水)のまちの保健室

 今日は、サラリーマン時代に私が体験し感じた、今となっては懐かしいお話しをしました。私がアパレル業界で仕事をしているときの出来事です。


 東京オフィスのトップとして、会社でファッションをリードする役割と実績を残してきました。そのことを気に食わない経営陣が数名いたんです。「ねたみ」や「そねみ」なのでしょう。自分の仕事上の範囲では周りから、良い企画ですね!よくこんなことを思いつきましたね!これは売れそうですね!…、こんな言葉を、商社やお取引先様、セレクトショップの企画や生産担当の方々が言ってくれました。私自身も、イタリアやラスベガスなどの展示会を周り、色々と苦労して生み出したものなので、もちろん自信も持っていました。そんな時に限って、邪魔されたり足を引っ張ってくるのが、「ねたみ」や「そねみ」を持つ経営陣でした。


 実は、私もその経営陣の1人だったのですが、最終的には外されパワハラを受けることになります。
その時は、悔しかったですね…。理不尽な言いがかりをつけられたことは、今でも忘れません。

人は、怪我をしたときの痛みは、時間とともに消えていきますが、心の痛みは簡単には消せません。

 

 心理学を勉強していくうちに、世の中の出来事や人生は、「バランス」で成り立っていることに気づきました。トップで仕事をしていたとき、いい気になって自分を過信していたのかも知れません。ある意味、調子に乗っているように見えたのかも知れません。そんな私に神様が「ねたみ」と「そねみ」の刺客を寄こしたんだと思います。今となっては、このように思うようにしています。そうすることによって、私の受けた心の痛みは、無くなりはしませんが、自分の成長には大きく必要だったと思えるようになるからです。

 

 良いことが続くとき、きっとそのプラスの大きさと同じくらいのマイナスが働いているんです。会社で大きな顔をして部下をケチらしている上司は、家では奥さんにガミガミ言われているかも知れません。電車に乗っていてやっと空いた席に座ったら、次の駅でお年寄りが自分の前に立つことになったり、日々の日常の出来事は、バランスで成り立っているもかも知れませんね。 逆に考えると、良いことばかりある人生などはありえなくて、キラキラ輝いている人も、きっと何かのバランスで輝いているのだと思います。こうした人はマイナスをモチベーションに繋げられる素敵な方です。

 

 「バランス」とは、「つりあっている」ということです。言い換えれば、調和が取れていることです。良い事ばかり起こることは、調和が取れていないことでもあり、逆に悪いことばかり起こることも調和の
取れていないことになるのではないでしょうか?そこに登場するのが、「バランス」の法則なのかも知れません。


 この法則は、その人を元の調和の取れたところに戻してくれる力を働かせるのです。その際、よく登場してくるのが、ねたみ君やバッシングさんです。調和のとれた自分に戻してもらうことはイヤではありませんが、ねたみ君やバッシングさんには会いたくないですよね。 そのための良い方法も、色々と勉強をして見つけました。

 

 それは、いつどんなことが起きても、「謙虚さ」を持つことです。褒めてもらったら、「ありがとうございます」、良い気分にしていただいたら、感謝の気持ちを持つ。みなさんのお陰です、運が良かったんです!と、謙虚な気持ちを常に持つことです。

 

 何か普段と違う事が起きたら、まず、「バランスの法則」を思い出してみてください。

 

 今まで問題にしていたことがうまく進み始めたら、今度は別のことに苦労することになった事例のお話が出てきましたので、私の体験した「バランス」のお話をさせていただきました。

 

 今日は、自分を変えたい!と思って参加してくれたお仲間や、みんなの話を聞くことで参加してくれたお仲間、こうして集まった仲間で、この時間でしか作れない、この仲間でしか語れないお話をたくさんしました。本当に、ありがとうございました。

 

次回は、11月2日(水)10時スタートです。
また、みなんさんとお会いできるのを、楽しみにしております。

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10/6(水)のまちの保健室

 『虫の知らせ』この言葉は、大概のひとは耳にしたことがあると思います。例えば、深夜に祖父の夢を見て目を覚ましたら、その同時刻に入院中の祖父が亡くなった…とか。ちょっと、オカルトチックな感じかも知れません。
 虫の知らせとは、いわゆる超感覚的な精神感応(テレパシー)と言い換えることができる不思議な意識伝達のことです。
 では、“第六感”とか、“以心伝心”などということは、みなさんどんなイメージですか?
これは、意思をもった“念”が、現実に起こるような感じではないでしょうか?きっとこっちの道が目的地に行く感じがする…とか、こうなって欲しいという気持ちが実際にそうなるよう感じ。
 では、最近会っていない友人の事を気にかけていたら、その友人から電話が掛かってきたりとか…
ふだんは見ない朝のTVで、今日の運勢で一番いい星座が、自分の星座だったり…。自分の意思とは関係なしに偶然と思えるような出来事って、思い当たることありませんか?実は、これは偶然ではなく、あなたに対する大切な「メッセージ」なのかも知れません。
 シンクロニシティという言葉を聞いたことがあるでしょうか?シンクロニシティとは意味のある偶然の一致という解釈で、全く関係のない「心と物」が偶然共振(シンクロ)することを、スイスの心理学者ユング氏が提唱し「共時性原理」とも呼ばれています。簡単に言えば自分の内の世界と外の世界が一致することをいいます。
 例えばあなたの仲間のグループに、とても苦手なメンバーがいたとします。そしてあなたは「その苦手な人と一緒に過ごす事は嫌だなぁ。どこかに行ってしまえばいいのに」と思ったとします。これがあなたの内の世界(あなたの思考)です。そして数か月後、「その人は夫の転勤で引っ越ししてしまった」ということになれば、これが外の世界(現実)になります。あなたの思いと外の世界が一致したことになります。シンクロニシティは心が発信源となります。だから、思いは必ず通じるというのかも知れません。これらは、科学では証明できないことですが、心理学では「トランスパーソナル心理学」という分野があります。みなさんには、スピリチアルという言葉の方がなじみがあるかも知れません。
 今日は、お母さんの思いが伝わって娘の意識が戻ったお話しが出ましたので、このような内容のブログとなりました。「あぁ、わたしはお味噌汁を味わっているんだ…」看病で疲労困憊な中、意識を自分に戻せた瞬間、意識不明だった娘さんに集合無意識を伝わってお母さんの気持ちが伝わったのだと思います。素敵な母子愛のお話を、ありがとうございました。

次回のまちの保健室は、10月19日(水)です。みなさんに会えることを楽しみにしております。

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9/21(水)のまちの保健室

 八方塞がりとは、どの方角に向かって事を行っても、不吉な結果が予想されること。また、どの方面にも差し障りがあって、手の打ちようがないことを言います。人生長く生きていれば、誰だって「今って最悪な時期だな」とか「万策尽きた」と思うことはあるはずです。
 人はこの八方塞がり状態になったときに、「私は悪くないもん」と自己主張が強くなっていたり、「どうして私ばっかり?」と周囲を責めていたり、誰かれ構わず「私ムリ、何とかして~」とSOSを出しまくったりしてしまうものです。
 これらに共通するのは、八方塞がりが「自分の問題だ」と自覚していないことだと思います。八方塞がりのときは、前を向いて進もうというモチベーションがなくなってくるものです。そうすると、どんどん行動は鈍くなり、ネガティブ感情が敏感になってきます。こうなるとずーっと頭の中が、グルグルと悪いことを考えて悲観してしまう、負の連鎖に入ってしまいます。
 たとえば、犬は将来いつ死ぬかを思い悩んでうつむいていますか?飼い主との関係性に悩んで、飼い主を避けたりしますか? 八方が塞がっていない人は、先のことや相手のことを気に病んでいないところが、犬との共通点だと思います。えっ、犬と一緒にするな…と、お怒りになられるかも知れませんね。気に障られた方には、大変申し訳ありませんでした。では、秘策をお伝えしましょう。
 人は、誰でも八方塞がっていると考えてみてください。八方とは四方と四隅のこと。東・西・南・北と北東・北西・南東・南西の八つの方角です。まさに、どこを見ても壁ばかり…、「う~ん、もう最悪」
 こんな時は、上を見上げてみてください。みんなに平等に大きな空が広がっています。八方は塞がっていても、空はどこまでも繋がっています。この空は、宇宙とも繋がっています。
 実は、八方が塞がっているとあなた自身が思い込んでいるだけで、頭上がフリースペースだと
いうことが見えていないだけなんです。八方が塞がってうつむくことが多くなれば、尚更、空の存在には気づきにくいですよね。
 空を見上げるということは、顔を上げるということです。この顔を上げる行動こそ、次のステージに向かう切っ掛けになるのです。当たり前のように口にする白米に感謝し、まちの保健室の仲間に出逢えたことに喜びを感じ、今日一日、家族全員が無事に帰宅できていることに幸せを感じれるようになれると、いつの間にか、八方の扉は開いているかも知れません。
 まだ見ぬ未来や将来より、まずは今の自分の目の前にある幸せを見つけて感謝してみてはいかがでしょうか?

 次回のまちの保健室は、10月6日(木)10時スタートです。みなさん、お待ちしてますね!

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9/7(水)のまちの保健室

 悩みの大きさを比較することは意味がないと思います。悩みは人の数だけあるもので、その人のもつ悩みは、とても大きなストレスがかかっているので、その当人が一番辛いのです。大変な思いをしているのです。自分の抱えている悩みが一番大きいと思って良いのです。

 

例えば「子どもの悩み…」
例えば「職場の悩み…」
例えば「家族の悩み…」

 

例えば、ある父親の悩みです。

「息子さえ結婚してくれたら私の人生は幸せなのですが、どうも息子には結婚の‘け’の字もないようで、私がお見合い写真を持って知り合いのところを周っていたんですが、訪ねる度に断られると私も疲れてきてしまって、、、うちの息子、どうにかなりませんかね」

 このお父さんの悩みも、当人にとっては、とても大きな悩みなんです。そしてどうやら、このお父さんは、息子さんがお父さんの幸せを運んできてくれると勘違いしているようです。

 

 これを翻訳してみましょう。
「お前の嫁さんをみつけるために、お見合い写真を持って駈けずり周っているんだよ。この父さんの苦労、お前はわかっているのか!さすがに何度も断わられるとお前がダメ人間、私もダメ人間になったような気分で、精神的に参っちゃったよ。お前のために頑張っている父さんの気持ち、お前は少しもわかってないだろ!」

 

いかがでしょうか?

 

今、みなさんが抱えている「悩み」ですが、このお父さん側になってはいないでしょうか?


 まちの保健室は「お父さん側」でも「息子側」でも、どなたでも参加できます。そして、ここでは特効薬を用意しています。その効果でしょうか、本日もたくさんの「MAMIDA」が流れました!空中をティッシュが飛びましたね(^^)/

 

 そしてそして、前回のブログでご紹介した自分を大切に生きる仲間を紹介しましたが、今日は、その仲間へ素晴らしいバックアップができる新しい仲間が参加してくれました。わぁお、これが「引き寄せの法則」っていうのでしょうか?まちの保健室が、パワースポットになった瞬間です!

 

さらに、疲れが取れる漢方も参加されたみなさんにお配りし、漢方の紹介もしました。ぜひ、漢方の先生にもまちの保健室に来ていただきましょうね!

 

次回のpowerspotまちの保健室は、9月21日(水)10時スタートです。
お待ちしてますね☆

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8/24(水)のまちの保健室

 この世の中は不確実なことだらけで、必ずどこかに不安材料があります。日々の生活の中で「心配に感じる」ことは誰しも持っています。
「心配」という漢字を使った言葉の中に「心配り」という言葉があります。心配ができるというのは素敵な能力だと思います。身内や友人が病気をしていて、心配にならない人はいないと思います。このように心配することはいけないことではありません。
 心配性の人は、能天気な人と比べてはるかに高いレベルで物事を考察しているため、未来の想像や、普通の人が見向きもしないことも気づいてしまうのです。カナダのレイクヘッド大学が126名の学生を対象に臨床実験を行い、心配性の人は言語知能が高いことがわかりました。要するに、頭がイイということです。
 言語的な知能が高い人は、過去に自分が学んだことや体験したことを思い返し、今現在の出来事を解決しようと探る意識が心配になりやすい原因だといわれています。

 転ばぬ先の杖とは、失敗しないように、万が一に備えてあらかじめ十分な準備をしておくことのたとえです。しかし、人生とは転んだり失敗して自己成長して行くものです。転んだ時に何かを拾って起き上がれば、それが成長なのです。子どもの心配をするあまり、いつも保護者が杖を出していたら、その子どもは痛い思いはしないかも知れませんが、何も新しいものを拾うこともできず、転んだときや失敗したときに得る学習機会を奪ってしまいます。
ぜひ、このムービーをご覧ください。
「マイクロカウンセリング」

 自分がとても大変な心情・心境・境遇の中、笑顔を絶やさず、的確なメッセージを仲間にプレゼントし自分のことを大切に生きることを決意した仲間がいます。本来ならば、「どうして私だけがこんな目に遭うのか…」と誰もが思うだろう状況を、これは自分と向き合うメッセージと全てを受け入り、これからも人生を一歩一歩あゆみ続けるまちの保健室の仲間がいます。
 今の自分を過去でもなく、未来でもなく、きちんと現在に置き、「大丈夫、大丈夫!」念じています。
だからみなさんも一緒に念じましょう!「大丈夫、大丈夫!」
 そして心配性が出てきたら、その自分を過去や未来から現在の「今、ここ」に念じて戻しましょう。
「念」という字は、「今の心」だから…
ぜひ、こちらのムービーもご覧ください。
「ゲシュタルト療法」

次回のまちの保健室は、9月7日(水)10時からです。
おまちしてますね!

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8/4(木)のまちの保健室

 みなさんは「絶対にあの人を許すことができない」という人はいらっしゃいますか?
 私がサラリーマン時代の時の部下の女性が、「日本が銃を撃って人を殺しても無罪になるという法律があれば、銃を向けたい人がいる」と言っていたことがあります。そうとうイヤなことを体験したのだと想像しましが、許せない人がいるということは、復讐心を生み出します。でも、ほとんどの方は実際に復習しに何か行動に移すことはなく、その復讐心と一緒に生活をします。許せないということは、怒り、悲しみ、寂しさ、恨みつらみ、傷心などを、ずっと持ち続けるということです。その結果、自分を被害者の立場にして、許せない人を加害者にします。そして、「あなたのせいなのよ」と無意識にずっとずっと加害者に語りかけます。そうです、許せないのではなくて、「許したくない」のです。許したくないから、ずっとその時のイヤな感情を手放さないで、「あなたのせいよ」と持ち続けるのです。精神衛生上、あまり好ましくないと、私は思います。
 怒りは第二感情だと、心理学では言います。許せない出来事が起こったとき、どうして「怒り」の感情が出てきたのか?本当は、「私のことを理解してもらいたかった」「私の状況をわかってもたいたかった」という「期待」した感情が自分にあったと思います。これが、第一感情です。
 理解してもらえなかった…、わかってもらうことができなかた…、これは誰でもショックで残念なことです。とてもつらい状態ですし、気分も決してよくありません。ここで復讐心を生み出し、復讐心と一緒に生活を始めると、全てうまくいかないことを「復讐心」のせいにしてしまいます。せっかくの人生を、自ら不幸なものへと導きます。では、どうしたら良いか!今日のまちの保健室でも、「出来事の視点を変えてみる」「感謝をしてみる」など、色々と出てきました。
 私が思う最善策は、まぁ、何と申したら良いのでしょう~、簡単にいうならば、「まちの保健室」に来てみることですかね!?この場は、本当にたくさんの気づきが生まれます。そうすると、持っているもの、しがみついていたものを「手放す」ことに気づかせてもらえる可能性があります。例えば、「復讐心」を手放すことの方が、これからの人生に良いかも…と気づく可能性があるということです!

 ちなみに、私の部下であった女性ですが、仕事はこなす方でしたが、メンタルの部分では人の欠点に焦点をあててコミュニケーションを取る傾向があり、幸せな生き方をしているとは言い難い、不幸な生き方を自ら選択していたのだろうな…と今となっては感じます。その部下には、幸せになっていて欲しいと思うばかりです。
 今日のまちの保健室も、新たしい出逢いがありました。本当に感謝です。集い、学び、繋ぐを信念としての活動ですが、少しでもみなさまのお役に立ててたならば、嬉しく思います。

 次回は、8月24日(水)10時からです。少し、次回まで日程が空きますが、その間にあった出来事やお悩みをお持ちくださいね!お待ちしております(^^)/

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7/21(木)のまちの保健室

 永六輔さんと大橋巨泉さんが今月7日、12日と、お亡くなりになりました。享年83歳と82歳でした。30歳代以下の方々には、あまり馴染みがないかも知れませんが、お二人の功績をニュースなどで見た方も多くいらっしゃると思います。昭和の時代のテレビ創世期からの功労者のお二人です。「曲がったことが嫌いな人だった」「好きなことしかしない方だった」などと、生前を惜しみお人柄を表現するニュースを私も見ました。
 今日のまちの保健室の話題のひとつに、「自己分析している人は居ない」というのがありました。多くの人は、「自分が正しい」という価値観のもと生活しているので、正しいと思っている自分を分析する必要がないのです。就活生は、何が得意か、どんな自己PRができるか…と、自己分析をする機会が訪れます。どうして自己分析するのかというと、就職するためです。就職するという目標を達成したら、自己分析は終わりです。
 「自己分析」の必要性を知っている人は、今までの生き方や人生の何かにつまずいたり転んだりして、そこから起き上がろうとする時に、「自己分析」の重要性と出会います。永六輔さんや大橋巨泉さんが、「このような方でした」というのは、他者分析っていうのかも知れませんね。
 自分が死んだ時に、「あいつは本当に嫌なやつだった」と他者分析されないように、きちんと自分で自分のことをまずは理解しておきましょう!そして、自己分析は自分だけではなかなか出来ないものです。他者との関わりから「自分」というものがだんだん解ってくるものです。「自己分析」に興味を持ちましたら、まずは「まちの保健室」に足をお運びいただいたら良いと思いますよ!
 今日は、雨で足場の悪い中、「元気をもらいに来ました!」と来てくれた方や「ご縁が大切!」というキーワードを出してくれた方もいました。
 本日ご参加いただいたみなさまには特別に、私のご縁の作り方をお伝えして、私から参加されたみなさまに「ご縁」をプレゼントさせていただきました。みなさん、大切そうにしまっている姿をみて、とても嬉しい気持ちになりました。きっと、良い事、起こりますよ~(^^)/

 

次回は、8月4日(木)10時からです。お待ちしてます♪

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7/6(水)のまちの保健室

 『共依存』とは、自己の存在意義を他人との人間関係に依存することを言います。最近の話題で例にするなら、高知容疑者と女優の奥様との関係も心理学的には、ダメな夫がしっかりものの妻を必要としているのと同様に、妻のほうもダメな夫を必要としていると解釈することができるかも知れません。
 日本人の価値観には特に美徳と言ったDNA(親切、謙虚、謙遜、我慢、尽くす、人の和など)があり、共依存がこの考え方の陰に隠れていて、気づきにくいのかも知れません。天才バカボンのバカボン夫婦のように、コミカルな夫婦関係だと楽しそうに見えますが、この関係も共依存と言えるのではないかと思います。
 本来、愛情には素晴らしい力があると思います。「あの人のために」という気持ちは、女性の美しい母性本能です。私は、依存することが悪いとは思ってはいませんし、どんなスタイルで人間関係を維持しようと自由だと思います。結局は、今の自分が幸せだと思えていれば、それでいいと思います。
そして、何か問題を抱えるようなことになったら、「まちの保健室」に足を運べは良いのです(^^)/
本日のまちの保健室で出たお話をもとに、ブログを書いてみました。
読んでいただき、ありがとうございました。

 

さて、次回のまちの保健室は、7月21日(木)10時スタートです。
梅雨も明けたころでしょうかね?!お待ちしております♪

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6/23(木)のまちの保健室

 「自己評価」とは、他人に評価されることとは違い、自分のことを自分自身で評価することを指して言います。例えば、生活パターンであったり、仕事に対しての心構えや完成度、その他にも対人関係についてなどを、良いか悪いかを段階別に自分で評価することです。
 自己評価とは、提出するものと考えてみてはいかがでしょうか?提出する状況というのは人によって、とえば勤務先、就職先、学校など様々な状況で、評価の意味も多少違ってきます。
 つまり、提出しなければならない環境や、提出した自己評価を読むであろう相手の立場に合わせ、自分を冷静に判断し、なおかつ知ってもらう手段のひとつになるわけです。したがって、「それ以上」でも「それ以下」でもなく、しっかりと自分をアピールできる資料と思って下さい。
 自己評価は、相手に自分をよく知ってもらうためのツールですから、メリットをたくさん発信できる資料となることが理想ですね。
 普段の生活の中で他人と比較して、「これが出来ていない」「ここが劣っている」などと自己評価して、自らをダメな人にしてしまう人がいらっしゃいます。自己評価=自己ピーアール資料を、自己評価=自虐アピール資料にしてしまう人のことです。
 もしあなたが受け取った自己評価資料が自虐アピール資料だったら、どんな気持ちになるか想像してみてください。きっとあまりいい気分はしないと思います。
 自己評価の低いひとに共通する特徴として、いつも自信がないと感じているタイプの人が多く、ネガティブモードな思考の持ち主です。このタイプの人は、そのこと自体がコンプレックスとして抱えていることも多いのです。だから、ついつい自分の評価を低くジャッジしてしまうのでしょう。
 出来ないことを出来るようにしたい!劣っているところを補強して完璧にしたい!とついつい考えがちになりますが、理想に到達するまで、出来ていない自分を責め続け、ついには疲弊してしまいます。だったら、どこかに提出するといった命題がなければ、自己評価など自分で採点する意味合いはどこにも無いと思いませんか?
 出来ないことができるようになることがスゴイことではないのです。
 劣っているところを完璧にすることがスゴイことではないのです。
 したいこと、やりたいことを、自らの意思で、することがスゴイことなのです。
 自己評価の真のねらいは”自ら気づかせる”ことにあるのだと思います。
 今日は、自己評価と成長言うキーワードで、色々なお話が出ましたので「自己評価」にフォーカスしたブログにまとめてみました。

 次回のまちの保健室は、7月6日(水)、〇〇〇ちゃんのお誕生日です(^^)/!
 みなさん、お待ちしてますねぇ~♪

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6/7(火)のまちの保健室

 コミュニケーションには、「意味」と「意識」の2つの要素があります。
 相手に「意味」を伝えて動いてもらう場合、相手が意味を正確に理解したからといって、その通りに動いてくれるかというと、そうとは限りません。「意識の共有」がベースにある相手だと、「意味」もスムーズに伝わります。この「意識の共有」にズレがあることを、意識差と言います。
 頭の良い人が注意しなければならないのは、人は「理屈で人は動く」と考えがちになるところです。しかし、理屈だけでは人は動かないのです。いやな人に言われたことはやりたくないのです。
 人に言ったことを素直に分かってもらい、動いてもらうには、「意識」の共有が必要です。そのためには、日頃からの付き合いや、「人間力」というものが必要になるのです。意識の共有ができた相手だと、短いメールでも、動いてくれます。「メールよりも電話、電話よりも実際に会うこと」これが、「意識」を共有する近道かも知れませんね。
 「人間力」を簡単につける方法がもうひとつあります。それは、「まちの保健室」に足を運んでみることかも知れませんよ!今日は、「意識差」の話題が出たまちの保健室でした。

 

次回は、6月23日(木)10時です。おまちしてます(^^)/

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5/26(木)のまちの保健室

 何かにしがみついていることはありませんか?ギュっと掴んだまま、放せないものはありませんか?例えばそれは、「こだわり」だったり「信念」だったり「思い込み」だったり。少し言い換えると、「ねばならない」や「すべきだ」など。
 自分で何かをコントロールしようとするとき、自分がしがみついているものに影響なく動かせるときは、正しくコントロール出来ていると勘違いしている場合が多いのです。
 コントロール出来なくなると、自分がしがみついているものを相手に押し付けようとします。当然ながら、相手はより一層そこから避けるようになります。
 今日のまちの保健室は、「抜けた感」の話がありました。ある一定の時期を越えて、次のステージに向かったと表現すれば良いでしょう。「抜けた感」は子どもに対しての成長変化の例えと同時に、親の成長変化でもあると思います。子どもも親も、共通しているものは「手放した」ことです。
「まっ、イイか…」と思えた親の感情。文字にすると簡単ですが、今までの苦労を全て受け入れ正解を探さず、自分で納得しようとしたとき、それがしがみついているものを手放した時です。そこから化学反応が起こります。化学反応の結果、子どもの行動に変容が起こります。「拒否し続けること、もうイイか…」と、子どももしがみついているものを手放します。そして、次のステージへと親子一緒に向かっていきます。

本当に大変でした。
本当に辛かったです。
本当に悩みました。
それは、親も子どもも一緒です。
だから、お互いに「ごめんね」が言えたらイイですね!
「ごめんね」は、負けた人が言う言葉ではないのです。
「ごめんね」は、相手の気持ちをきちんと汲むことができる優しさと勇気を持っている人が言える言葉です。みなさんは、素直に「ごめんね」を言えますか?
「ごめんね」は、自分自身を楽にしてくれますよ!
こころをつなぐ平塚では、このような学びを得る機会(生涯学習)を作りました。
「まちのオープンキャンパス」
10名集まったら、開講します。
詳細は、こちらをご覧くださいね。

本日、ご参加いただきましたみなさま、今日行われたランチ会のお話をぜひ聴かせてくださいね!

 

次回は、6月7日(火)10時です。
早いもので今年の「まちの保健室」後半戦スタートですね!お待ちしております。

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5/11(水)のまちの保健室

カラー診断中です!
カラー診断中です!

 自ら気づくことは、すごいことなんです。例えば…
外では加点法で物事を見れてて、家庭では減点法で物事をみている自分自身に気づく
意外と気を使いながらメールを送信している自分自身に気づく
自分のことは自分ですると言う意味合いに、自分自身で気づく
気にしない、気にしないと思うことで、気になっている自分自身に気づく
などなど…
 学ぶことは、とても大切なことですね。ただし学ぶことは、気づきのきっかけにしか過ぎないのです。
たくさんの本を読み、たくさんの講演会に足を運び、たくさんの知識を得たとしても、自らが気づくことができなければ、何も変わらないのです。
 気づかせるお手伝いも、とても重要です。子どもから参加したプログラムがあまり面白くなかったと聞かされた場合、親心として残念な気持ちになります。しかし冷静に考えてみると、面白くなかったと言うメッセージには、そのプログラムに子どもが期待していたことが読み取れます。子どもが参加してみようと思った動機や要因には、前向きな気持ちがあったのです。その前向きな気持ちがあったことを、きちんと可視化する会話ができると、その子どもも自分の気持ちの変化に初めて気づくことができるのです。「あっ、私にも前向きな気持ちがあったんだ!」と。こんな気づきの話が本日はたくさん出てきました。
 そして、参加者のお一人がカラー診断をしてくれました。診断する方も、される方も、それぞれに気づきがありました。カラー、アロマ、手相、音楽、絵本、映画、その他色々なもの全てに気づきの要素があります。人には、必要な分の気づきが、そのタイミングで訪れます。なので、今の段階で、「私はなかなか気づけない…」と嘆くことはないです。神様が、まだ、あなたには今気づかなくて良いと判断されているのだと思います!

 今日も、たくさんの気づきを、ありがとうございました。

 

 次回のまちの保健室は、5月26日(木)10時です。終了後に第二回ランチ会もありますよ~♪

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4/28(木)のまちの保健室

 人との出逢いで、考え方、生き方、そして人生が変わることがあります。
 新学期になり、弱小男子バレー部に新しい先生が来ました。この先生は、女子バレーチームにも負けてしまう弱小男子バレー部に魔法をかけました!「お前たち、すごいぞ!」「めざせ1勝!」「1セットだけでも良く取った!」バレー部新聞を発行し、弱小男子バレー部員にこれらのメッセージを伝え続けました。そして、女子バレーチームに勝つ日が訪れました。もちろん、この日のバレー部新聞の見出しは、「祝!女子チームに初勝利♪やればできるんだ!お前たち!」 

 昨年までは、部活というのは名ばかりで、部員は試合ができる6名にも足らず、幽霊部でした。
もちろんバレー部に所属している生徒は、部活動を楽しいと感じたこともなく、部室をサボる場所に活用するぐらいにかメリットを感じることはありませんでした。でも、1勝した今の男子バレー部には、放課後の体育館で大きな声を出し猛練習してる姿があります。そこには、部員たちにバレー部新聞を発行する先生も一緒に汗を流しています。
 先生が弱小バレー部員にかけた魔法とは、チームができたことを可視化したことです。他者への期待値がその後の成長を決定づける大きな要因のひとつになるとアメリカの教育心理学者、ローゼンタールは発表しました。心理学用語では、これをピグマリオン効果と言います。ぜひ、日々の生活の中にピグマリオン効果を活用してみてはいかがでしょうか?
 このお話は、本日参加いただきましたみなさまの中から出ましたお話に、脚色したストーリです。きっとこのバレー部の男子部員は、新しく来たバレー部の先生との出逢いで、とても素敵な想い出を作ることになり、後の人生にも大いにこの時期の経験が役に立つことでしょう!

 

 次回のまちの保健室は、5月11日(水)10時です。それでは、楽しい想い出作りができるGWになりますことを祈っています♪

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4/13(水)のまちの保健室

 問題や悩みを抱えたとき、「助けて!」を発することが出来ない人は、ひとりで悩み、他人との繋がりを拒む行動になりがちです。それはどうしてかというと、「わかってもらえるはずがない」という「ふつう」や「他人」の基準から自分で決め込んでしまってるからです。
 今日のまちの保健室は、こんな話題が出てきました。

 子どものためにと思って行っていた行動が、逆に子どもを傷つけていたことに気づいた。
 子どもの担任の先生に理解してもらえるコミュニケーションが取ることができた。
 装うことでその場をしのぐことはできるけど、まだまだ親と腹を割って話すことができない。
 精神的にも肉体的に凹んだときの、立ち直り方を知りたい。
 日々、生活している中で、色々な悩みが出てきますね。気づけたことや、出来るようになったことなど、自分が子どもの時に、親や先生に話したり伝えたりすることは、日常普通にあったと思います。
それが、いつしか、大人の世界で生きることで、報告する人や場所が無い事に気づかず、自分で作り上げた「普通」を基準に出来た出来ないを自己評価してしまいます。また、「普通」と同じぐらい、いや、それ以上に「他人」を基準にして出来ている出来ていないを自己評価している場合があります。
「吐き出すこと」「聴いてもらえる場所」「安心して話す場所」があることの大切さを、たくさんの人に知ってもらいたいです。
 今日は、そんな思いが通じたのか、神奈川新聞の記者さんがまちの保健室の取材に来られました。本日ご参加いただいた方々には、取材協力もしていただきまして、本当にありがとうございました。記事が紙面に掲載される日程などが決まりましたら、HP上でお知らせしたいと思いますので、HPのチェックをお忘れなく!
 次回のまちの保健室は、4月28日(木)10時からです。いつもの通り、ひらつか活動センター研修室でお待ちしております。

3/24(木)のまちの保健室

 本日のまちの保健室は、悩みの宿題はそれぞれ違っていても、ある共通したキーワードから、新たな展開に移行している実例をたくさんお聴きすることができました。
 子どもの気持ちが、少しづつ汲めるようになった…、子どもは、実は色々と考えているんだなぁ…、今まで、子どものアプローチを拾ってあげれなかったのかもしれない…、このような感情を持てるのは、自己の反省から出てくるものだと思います。親が素直な気持ちで、ご自身と向き合った結果だと思います。そう、親と子の関係での本日の共通キーワードは、「素直さ」。
 また、自分の親から価値観や親の考える正論を押し付けられ、自分の子どもとの間に挟まれ、なかなか親との良い関係が築けない状況に悩む。近しい仲だけに、時には親のメッセージで心が折れそうになってしまう。ここでのキーワードは、「離別感を持てない親」。とても深いテーマでの話ですが、なかなかこのようなシェアリングが出来る場もないと思い、まちの保健室ならではのテーマだと思いました。
 みなさん、一生懸命考えて、悩んで、勉強して、今持っている宿題に向き合っている姿は、とてもステキに見えました。そんなまちの保健室に集まった仲間が、終了後、ランチ会を開催されました。私は仕事の都合で、ご一緒できませんでしたが、次回のまちの保健室でランチ会のお話もぜひお聴きしていと思います。次回は、4月13日(水)10時からです!
 今日は、寒い一日でしたが、次回はもうポカポカの春の陽気になっていることでしょう。次回、またみなさんとお会いできるのを楽しみにしております。♪そして、初めてのご参加も、心からお待ちしております。

3/9(水)のまちの保健室

 諦めることに勇気を持つと、‘あきらかに認める’自分になっているのだと感じます。これが本当の「あきらめる」ではないかと言う話題からスタートした本日のまちの保健室!
 通常時間より1時間早い9時スタートでしたが、みなさんの元気な話し声でいつもと変わらずに始まりました。
 大人になってからも集中して取り組む姿勢に、尊敬の拍手がわき、職場で「専門家」の称号を得た素晴らしいお話、「辛かったんだね…」の一言で情動発散と気持ちのリセットができたお話、優しいからこそ友達を大切にすることで、自分の心を犠牲にしてしまう負のスパイラルのお話、それぞれに気づきの生まれる拍手がたくさん出ました。
 なによりも、イレギュラーの時間帯に変更したことに関して、まちの保健室の参加者のお仲間で情報を繋いだ事実は、とても素晴らしい連係プレーだと思い、私からみなさんに大きな拍手を贈りたいと思います。これは、普通じゃ、簡単にできないことだと思います。なので、ここに参加していただける皆さんは、それぞれの宿題があると思いますが、きっと大丈夫だと思います!
 皆さんのおかげで、私も無事に午後の仕事に間に合いました。ありがとうございました♪
 次回は3月24日(木)10時スタートです。まちの保健室終了後は、ランチ会もありますよ!!!
ランチ会に参加したーい、ランチ会だけでも参加したーいと言う方、コメント入れて参加表明してくださいね!

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2/23(火)のまちの保健室

 夫婦問題、嫁姑問題、これがストレスなんですぅ~^^;
 こんな宿題を、参加いただきましたみなさんで、楽しく解き明かす時間だった本日のまちの保健室。私がカリカリしているのは…、自分がカリカリした空気間を作っていたかも。。。
嫌だなと思う感情を無くしたい…イヤだと思っている自分の感情を自分で受け止めることが大切なのかも。。。周りに振り回されたくない…私が周りをコントロールしようとしているからそう感じるのかな。。。このように、とても素敵な着地点案がでてきました。
そして、「自分にダメ出ししない!」と言う名言も出ました。

 例えば、夫婦問題!いくら夫婦と言っても、わかり合えないこともあるでしょう。それはもしかしたら、男女の違いがそうさせるのかも知れません。人は自分と違うところを持っている相手に惹かれて一緒になりたいと思い、その違うところが嫌になるのかも知れません。
 う~ん、なんて私たちはワガママなんだぁ~^^;
 外は寒かったですが、まちの保健室は各問題がホットにしてくれました。ご参加いただきましたみなさま、ありがとうございました。
 次回は3月9日(水)9時スタートです。宿題がある方も無い方も、おしゃべりして、情動発散しましょう!
お待ちしております。

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2/9(火)のまちの保健室

 今日のまちの保健室は、けっこうたくさんの爆弾トークが飛び交いました!本日ご参加いただいた方々は、爆弾トークがドリフネタのようになり、素敵な笑いの空間を作り出しました。私は、いかりや長介さんの気持ちになっていました!(^^)!
 「このイライラなんとかしたい…」と言う声がたくさんありました。イライラを作り出してるのは、○○なので、この○○をどうにかしたいと言う感じで、お話に花が咲きました。そして、素晴らしい法則が発表されたのです。
 文字にして表現すると、イライラを作り出す○○に、同情することで、見方を変化させて、「あれ!?私ってすごいじゃん!」と自らモチベーションを上げる手法です。
 この法則は、心理学的にも理にかなっています。自分と相手の立場を変えて感情を感じてみるエンプティーチェアーを言う手法です。知らず知らずのうちに、この手法で意識変革が起こっていたと言う事です。ただし、このような内容の文献を読んだとしても、あまりピンとは理解できないと思います。
やはり、体験談、経験談からの学びが一番心に響くのではないかと思います。
 みなさん、色々と日々頑張られているお話を今日もたくさんしていただき、私もとても嬉しく感じています。空気を作る仕事が私のまちの保健室での仕事です。今日もスッキリして帰っていただけたと思います。何より、本日初参加の方も、始めと終わりでは顔つきが変わっていて、とても穏やかに感じました。
 次回のまちの保健室は、2月23日(火)10時からです。ご都合がつきましたら、遊びに来て下さい!

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1/28(木)のまちの保健室

 真面目で責任感のある人は、とてもイイですよね。頼りがいがあって、一緒に居て安心感があります。誰もが理想とする人物像ですよね。
 では、こんな人はどうでしょうか?堅物で融通が利かない人…。何だか一緒に居ても、居心地悪そうですよね。
 実は、「真面目で責任感のある人」は、「堅物で融通の利かない人」でもあるのです。
前者が個性として出てくる場合は、潜在意識に真面目&責任感が書き込まれています。なので、顕在意識ではあまり自分は真面目&責任感があるとは、思っていません。周りの人々が、そのように評価しているだけです。だから、失敗もしますし、しくじりもします。後者が個性として出てくる場合は、顕在意識で「私は真面目で責任感を持たなければならない」と感じているため、失敗やしくじりをした自分を許すことができません。この方の潜在意識には、ダメな自分が書き込まれています。
 「真面目で責任感のある人」と思われるには、失敗やしくじりをすることで、その対処方法の評価が
真面目&責任感に繋がります。だから、失敗やしくじりがあった時には、周りのみんなから「真面目&責任感がある」と思ってもらえるチャンス到来!!!!と思うぐらいが、ちょうど良いのです!(^^)!
 今日のまちの保健室は、しくじり、精神年齢、見えないストレス、先を読み過ぎてしまう、そして尺八の音色で居眠り…と、たくさんの話題を提供していただきました♪
 本日集まったメンバーにしか味わうことができない、時間・空間、そして仲間のライブでしたね☆
ご参加いただきましたみなさま、充実した2時間を一緒に作ってくださり、ありがとうございました。
 次回のまちの保健室は、2/9(火)10時からです。お待ちしております!

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1/13(木)のまちの保健室

 2016年最初のまちの保健室に、お越しくださりありがとうございました。
 この世のいかなる成功よりも大切なもの…、それは家族関係なのかも知れません。
 今日のまちの保健室のキーワードは、一緒に過ごす「時間」をみなさんで共有しました。
 子どもの独立、子どもと一緒に見たアニメ、年末年始に帰宅した子どもと見た初日の出、家族で過ごすスキー旅行など、子どもとの寄り添う時間から湧き出てくる感情、嬉しさや淋しさ、そして成長を実感する想いなど、「いま、ここ!」の気持ちが大切なことを学ぶことが出来ました。
 「いま、ここ!」とは、子どもに対しても、自分に対しても「大丈夫!」と念ずること!念と言う字は、今の心ですからね☆この気持ちを、親が持てると、家族関係はより良いものになって行くかも知れません。残念ながら、親の価値観で子どもが辛い思いをしていることを気づけない親も多くいます。子どもの気持ちを汲む大切さを、ぜひとも学んでもらえればと願うばかりです。
 今年も、まちの保健室は「家族関係」をより良くするキーワードがたくさん出てくると思います。おしゃべりをして、悩みをみんなで共有し、悩みの解決の糸口を得られる安心安全な時間を提供していきます。どなたでも参加できる「まちの保健室」、次回は1月28日(木)の10時です。

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12/18(金)のまちの保健室

 「自分を許す」
 「陰陽対極図の考え方」
 「神対応!」
 「二元思考」
 「小さな幸せを見つける」
 「モデリング」
 今年最後のまちの保健室では、とても深く、そしていつもながらですが、学びのキーワードがたくさん出てきました。
 本当に、学びの教室みたいで、こうしてまとめてブログにすると、本にでもして、たくさんの方々に、まちの保健室で話し合っていることを、知っていただき、生涯学習プログラムとして、活用していただければいいなぁ・・・と思います。しかし、、、まちの保健室でのお話は、外へは持ち出さないことがルールなので、ぜひ、開催日に足を運んでください(*^_^*)

 

 必要以上に素晴らしい人になろうとしなくても大丈夫です。素晴らしい人かどうかは、自分が行動した結果に対して、責任ある言葉をくれるたった一人の人でいいのです。まちの保健室は、いつも、誰でも、参加できる安心・安全な場所です。本年も、足を運んでいただきました皆様、ありがとうございました。

 

 よいお年をお迎えください。新年は、1/13(水)10時からです。

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12/4(金)のまちの保健室

 子どもが失敗しないように、子どもが「正解」へ近道できるように、親はつい手や口を出してしまいがちです。しかし、それは子ども自身で考えて乗り越えられる可能性を奪う行為かもしれません。子どもが自らの力を発揮できる環境を用意して、子どもを信じて「見守る」親になれることが理想ですよね。でも、現実は、そううまくはいかなくて、親子で顔を会わせるたびにバトル…。
 『あなたをきちんと導きたいVSいちいちうるさいな!』
 キーワードは、親の「正解」への価値感なのかも知れません。
 「見守る」ことを家庭で実践することによって、親子に生まれるメリットは、親子の間に程よい距離感が生まれます。『ああしなさい、こうしなさい』『これはやっちゃダメよ』とあまりに過干渉過ぎると、すべて親の指示通りにしか動けない子に育ってしまう可能性があります。親はそれを見て『うちの子はできている』と勘違いしがちなんです^_^;
 親の「正解」=「勘違い」と言う事です。子どもが小さい時は親のコントロール下にあるのですが、思春期に入ると子どもにも意思やプライドが出てきます。もちろん、親にも人生を子どもより長く生きてきたプライドがあり、これまでの親の子どもへの接し方が、思春期を迎えるころにバトルの火種になる実例も良く聞きます。親は皆子どもへの期待はあるでしょうし、子どもも親のことを憎んで生まれてきた訳ではありません。ボタンの掛け違いは、親の「正解」への価値感であったとしたら、親が「納得」することを受け入れた時に、また新しい親子関係が生まれてくるものだと、私は思っています。そして、親も子も、どんな人と「ご縁」を持つか!でも、人生が変わってくることがあります。
 今日のまちの保健室は、『見守る』がキーワードで、少しスピリチアルなこともお話した2時間でした!参加いただききましたみなさん、ありがとうございました。スピリチアル話だけの2時間も楽しいかも知れないとも、思いました(^^)
 次回は、今年最後になります。最後なので、みなさんお声掛けして、最後を締めくくりましょうね!
 12/18(金)10時から、お待ちしております☆

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11/24(火)のまちの保健室

 あるグループに、とても個性の強い方が居て、実はそのグループのみなさんは少し参っちゃっています。時が経過していくと、その個性の強い方と同じ時間を過ごしたくないため、グループへの参加人数が減ってきました。グループのまとめ役さんも、直接指摘はできないし、かと言って、このままの状況は良くないと思っています。
 もし、あなたが、このようなポジションにいたとしたら、どうしますか?とっても、悩みますよね。。。こんなお話をみなさんで話し合いました!
そして、どんな解決策が見つかったと思いますか?それは、本日参加された方のみが知っていますよぉ~♪

 人には集団欲があるので、独りぼっちになるととても淋しい気持ちになります。
もちろん、独りになる時間が必要なときは、独りはとても大切な時間になります。
人は二人になると、コミュニケーションが生まれます。お互いを知ろうと思ったり、知ってもらおうと思ったりして、誰かが居てくれる安心感が生まれてきます。
人は三人になると、摩擦を生じるようになります。淋しい気持ち、大切な時間、安心感を得てしまっているので、それぞれの我が出てきます。それぞれ各人が、相手の我を受け入れたくないと言う感情を持つと、自分の感情と同じ仲間を見つけたり、受け入れたくない相手を非難し始めます。
これは誰もが持っている方程式ではないでしょうか?そして、何だか生きずらい、何だか衝突する、何だかうまくいかない。
 まちの保健室では、日々日常で起こった宿題を皆さんで話し合い、解決するヒントを見つけ出します。どなたでも参加できます。皆さんのお話を聴きに来るだけでも大歓迎です。
 次回は12月4日(金)の10時からです。お待ちしています(^^)

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11/11(水)のまちの保健室

自分を変えよう!変わろう!と思っていても、なかなか変わることができない…(-_-;)
このような方、結構多いのではないでしょうか?
例えば、夫婦間でいつもどちらかが重箱の隅をつつくようなことを言ってくる。
「ここ、まだ汚れているじゃないか」「気づいたならばあなたキレイにしたら」
例えば、自分の子育てに口出ししてくる両親。
「お前が甘やかすからこうなるんだ」「時代が違うの、いちいちうるさいこと言わないで」
例えば、子どもを叱る夫に対して、子どもを守るために夫に口出しする妻。
「お前のそのクソ態度はなんだ」「あなたのその言い方、もう少し他の言い方で言えないの?」
例えば、言う事をきいてくれない子どもに対して。
「お母さん、リモコン取って」「いつまでテレビ見てるの」
どうしても、対抗して言ってしまいそうな言葉ではないでしょうか?
キャッチボールの会話が大切なことはわかっているけど、どうしてもドッチボール。
今日のまちの保健室では、そんなあなたにとっておきの「おまじない」が生まれました♪
そのおまじないとは、『けっ!』です。
使い方は、このようになります。
「ここ、まだ汚れているじゃないか」 『けっ!』(いつも同じこと言ってる)
「お前が甘やかすからこうなるんだ」 『けっ!』(それはあなたの価値観でしょ)
「お前のそのクソ態度はなんだ」 『けっ!』(まぁ、好きなだけやってれば)
「お母さん、リモコン取って」 『けっ!』(そろそろお風呂にでも入ろうかしら)
『けっ!』とおまじないを唱えて、口答えせずに、自分のしたいようにするだけです。
争いごとに巻き込まれない方法とでも言えそうです。
争い事に巻き込まれ、余計に神経を使い、理想とする状態にならないことに自分自身が苛立ちを感じ、ストレスとなっていること、ありませんか?
『けっ!』は、その争い場所から脱出するおまじないです。
『けっ!』を使用することで、実はいつもの自分とは違う自分、つまり変わっていることに繋がります。
変えよう、変わろうではなく、変わっている状態に相手が反応した場合、効果はどんどん出てきそうですよ。
『けっ!』のおまじない実践効果は、使用する本人の心の状態の冷静さも必要ですね。
使用上の注意事項として、『けっ!』は、あくまでも自分の心の中だけで叫んでください!
おまじないは、あなたの心の声に応えるものです♪

何か変化が起こってくると、もしかしたら、東京DLのチケットも当たっちゃうかも知れません(^^)

たくさんの笑い声に包まれた、今日のまちの保健室でした。

次回は、11月24日(火)10時からです。お待ちしております。

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